長崎地方裁判所 昭和62年(行ウ)1号 判決 1988年5月27日
原告 法村進 ほか一六名
被告 長崎県知事
代理人 田邊哲夫 鳥山克 河野善久 江口俊哉 清水啓次 ほか七名
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、五共第一六号共同漁業権免許の昭和五八年九月一日付切替手続に関し、従前の同漁業権漁場の範囲の中から別紙2図の赤線で囲まれる部分(上五島洋上石油備蓄基地計画部分)を除いて、その余の範囲につき、上五島町漁業協同組合に対して行つた、五共第一六号共同漁業権の免許処分は無効であることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
主文と同旨
(本案に対する答弁)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告らの地位
(一) 原告らは、いずれも訴外上五島町漁業協同組合(以下「訴外漁協」という。)の正組合員であり、従前及び切替後の五共第一六号共同漁業権(以下「本件漁業権」という。)漁場の範囲内で漁業を営んでいるものである。
(二) 原告らの営んでいる漁業の種類は、別紙「漁業の種類目録」記載のとおりである。
2 本件処分
被告は、昭和五八年九月一日、訴外漁協の有する本件漁業権につき免許切替による免許処分(以下「本件免許処分」という。)を行つた。ところで、被告は右免許処分に先立つ漁場計画決定の際及び本件免許処分の際に、従前の本件漁業権漁場(別紙1図の範囲)から、上五島洋上石油備蓄基地(以下「本件備蓄基地」という。)計画区域部分(別紙2図赤線部分)を除外し、その余の部分について漁場計画決定及び本件免許処分を行つた。
3 本件処分の違法性
(一) 漁業法一一条は、漁業生産力を維持発展させるため免許をする必要があり、かつ漁業調整その他公益に支障を及ぼさないと認めるときは、必ず関係地区(漁場)を事前決定しなければならない旨規定するが、この規定は、右のようなときは必ず漁場計画を樹立しなければならないとの趣旨である。そして、右「公益」の範囲は、漁場の維持発展の見地から、できる限り限定的に解釈されるべきである。
(二)(1) ところで、別紙2図の赤線で囲まれる部分は、本件漁業権漁場の中で最も魚類の多い好漁場である。本件備蓄基地が完成すれば、この最大の好漁場は奪われることとなる。
(2) 一方、本件備蓄基地は世界最初の計画であり、安全基準を定める法律もなく、津波、台風等自然の猛威に対する対策が不十分であり、原油流出の危険の極めて高い施設である。すなわち、本件備蓄基地は、福岡県白島石油備蓄基地と同じく、世界初の洋上タンク方式による石油原油の貯蔵施設であるところ、このような施設の危険性は、右白島石油備蓄基地の防波堤が昭和六二年一月の強風による波浪でもろくも完全に破壊されたことからも明らかである。
また、原油タンカーの往来、原油の積み降ろしの際の作業過程での排水処理等に伴い、基地周辺の海は著しく汚染される。
(三) よつて、本件備蓄基地を造るために必要な範囲(別紙2図の赤線の範囲)に共同漁業権漁場の計画もたてず、かつ共同漁業権の免許を行わないことは、漁業法一一条に違反し、本件免許処分は知事の裁量権を逸脱した明白に違法な処分である。
二 本案前の抗弁
1 被告は訴外漁協に対して本件免許処分を行つたものであり、原告ら個々の組合員に対して行つたものではないから、右免許処分の名宛人である訴外漁協が訴えを提起するものであればともかく、名宛人でない原告らが訴外漁協を差し置いて、独自に本件訴えを提起する法律上の利益は存しないというべきである。
2 行政処分の無効確認の判決は、争点訴訟の判決と同様に対世的効力がないことは行政事件訴訟法の規定から明らかである。従つて、本件訴訟の判決の効力は訴訟当事者である原告らと被告との間のみに生じ、訴訟に参加していない共同漁業権の権利主体である訴外漁協あるいは他の組合員には及ばないのである。そうすると、被告と訴外漁協との間には依然として本件免許処分が有効に存在しているというべきであるから、原告らが本件訴訟に勝訴しても、直ちに被告が訴外漁協に対し新たに免許処分を行う法的義務が生じるとはいえず、原告らは法律上の利益を有しない。
3 仮に、本件免許処分が無効であることが訴外漁協との間でも確定されるとしても、訴外漁協が昭和五八年五月になした免許申請は依然として存続していることになる。ところが、その申請には本件備蓄基地計画部分の海域が除かれているのであるから、たとえ被告が新たな免許処分をすると想定しても、申請に含まれない海域について免許処分を行うことは考えられないから、結局原告らは法律上の利益を欠くものというべきである。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)、(二)の各事実は知らない。
2 同2の事実は認める。但し、漁場計画の決定は行政処分ではない。
3 同3(一)の前段については、漁業法一一条の解釈運用としてそのような趣旨の通達があることは認める。同後段は争う。同(二)(1)、(2)の各事実は知らない。同(三)の主張は争う。
四 本案前の抗弁に対する原告らの反論
1 被告は、原告らが本件免許処分の名宛人ではないことを原告らが原告適格を有しないことの理由とする。
しかしながら、共同漁業権は訴外漁協に免許されるものの、同漁協はその漁業権に基づいて自ら漁業を営むことはなく、実際の漁業は漁業権行使規則により漁協の構成員である原告ら組合員が行うのであるから、実質的な漁業権者は原告らである。従つて、実質的な漁業権者である原告らに原告適格が認められる。
2 また、原告らが処分の名宛人でないとしても、処分の名宛人でない第三者に原告適格が認められることがあり、本件はそのような場合である。
すなわち、原告らは訴外漁協の組合員であるところ、訴外漁協は昭和五八年八月三一日まで本件備蓄基地計画区域に共同漁業権を有し、原告らは同漁協の共同漁業権行使規則において本件備蓄基地計画海域において「漁業を営むことができる」旨定められていた。
ところで、漁業法一一条一項は、「都道府県知事は、その管轄に属する水面につき、漁業上の総合利用を図り、漁業生産力を維持発展させるためには、……漁業種類、漁場の位置及び区域、漁業時期……、共同漁業についてはその関係地区を定めなければならない。」と義務づけており、昭和三七年一一月八日三七水第六〇五九号水産庁長官通達では、同条項の行政解釈として、「漁場計画は、公共水面につき、その漁業上の総合利用を図り、漁業生産力を維持発展させるため、漁業の免許をする必要があると認められる場合には、既存漁場たると新規漁場たるとを問わず、漁業調整その他公益に支障を及ぼさない限り、必らず定めるべきである。」とし、さらに同条にいう「漁業の免許をする必要がある場合」とは、「その水面の自然的条件……が漁業権漁業を営むのに適しており、かつ、漁業生産力の維持発展を図る上において……漁業権の内容たる漁業を営むことが適当である場合を指し、知事が恣意的に判断をすることは許されない。」としている。
従つて、もし、本件免許処分の無効が確定されれば、被告は漁業法一一条によつて、漁場の事前決定、免許処分等、一連の手続きを行うべき義務を負う。その結果、訴外漁協は、本件備蓄基地計画区域を含んだ従前と同じ区域について免許を受けうるし、訴外漁協の組合員たる原告らは、漁業権行使規則に基づいて、本件備蓄基地計画区域でも漁業を営む権利を有する法律上の地位を得る。
このように、法律上の地位取得の可能性が回復される以上、第三者である原告らにも、本件処分の無効確認を求める「法律上の利益」が存するものというべきである。
3 被告は、本件免許処分が無効と確認されても訴外漁協の免許申請は存続しており、その申請には本件備蓄基地計画部分が含まれていないから、新たな免許処分は申請の範囲に限定され、原告らの利益回復の可能性はないから法律上の利益を欠くとする。しかし、これは誤りである。
共同漁業権の免許申請は知事が決定した漁業計画区域に対してしかなしえないところ、被告は漁業計画のなかで本件備蓄基地計画区域を除外していたので、訴外漁協としては免許申請をしたくても、漁場計画のない本件備蓄基地計画区域に対しては免許申請ができず、やむなく、免許申請の中に右区域を含ませていなかつただけである。このような、漁場計画から免許申請を経て免許処分に至る一連の手続きの経過をみると、知事の免許処分は漁場計画処分も一体として考えるべきであり、これらの処分が一体として無効とされることにより、前記のとおり原告らが漁業を営む権利という法律上の地位取得の可能性を回復するものというべきであり、原告らには原告適格が認められる。
4 行政事件訴訟法三六条は、行政処分の無効確認の訴えを提起する原告適格を有する者として、「当該処分により損害を受けるおそれのある者」と規定している。
原告らは、現に本件免許処分のなされた海域で漁業を営んでいるところ、本件備蓄基地計画のため、右海域での漁業が妨げられている。そして、本件備蓄基地が完成して稼働を開始すれば、原油運搬船からの排水や台風、津波等により貯油タンクの破損した場合の原油の流出によつて、致命的な被害を受けるおそれがある。実際、前記のとおり、本件備蓄基地と同様の安全基準で設置された白島石油備蓄基地の防波堤が、もろくも普通の高波で破壊されているのである。従つて、原告らは、右条項に該当する。
第三証拠 <略>
理由
一 原告らの本訴請求は、要約すると、訴外漁協の共同漁業権の免許切替手続に関し、被告は、訴外漁協の免許申請に対してその申請のとおり本件免許処分を行つたが、本件備蓄基地計画部分を共同漁業権の漁場から除いている点に無効事由があるので本件免許処分の無効確認を求めるというのである。
被告は、そもそも訴外漁協の組合員である原告らには、本件免許処分の無効確認を求める法律上の利益がない旨主張するのに対し、原告らは、共同漁業権は訴外漁協に免許されるものの同漁協はその漁業権を自ら営むことはなく実際の漁業はその構成員である組合員が行うものであるから、実質的な漁業権者は組合員たる原告らであり、原告らに本件免許処分の無効確認を求める原告適格があると主張するので判断する。
漁協の組合員が漁場に対して有する権利は、沿革的にみれば、各部落の漁民が入会漁場についての管理処分権を総有的に有していた入会権的なものの系譜をひくものであるが、現行漁業法制は、右入会権的なものをそのまま追認したものではなく、これとは、別個の観点から漁業権を定めたものと考えられる。すなわち、現行漁業法の規定を本件で問題となつている共同漁業権についてみれば、漁業権は都道府県知事の免許を受けることによつて初めて取得するものとされ(同法一〇条)、その免許を受けうる適格者は、個々の漁民ではなくて所定の要件を備えた漁業協同組合またはその連合会に限られる。そして、組合員は組合員たる資格に基づいて当然に漁業を営む権利を有するものではなく、知事の認可を受けた組合の定める漁業権行使規則の範囲内で漁業を営む権利を有するものとされ(以上、同法八条一項)、右漁業権行使規則には、漁業を営む権利を有する者の資格や、漁業を営む場合において遵守すべき事項などが規定されるのである。(同条二項)。また、水産業協同組合法五〇条によれば、漁業協同組合は、その総会において、総組合員(准組合員を除く。)の半数以上が出席し、その議決権の三分の二以上の多数による議決があれば漁業権を放棄しうるものと規定されている。以上のような漁業法及び水産業協同組合法の規定に鑑みると、現行漁業法制においては、組合員に直接漁業権を帰属させるのではなく、組合が漁業権の帰属主体となつてその管理処分権能を有するものとされていることが明らかである。そして、組合員の漁業を営む権利は右組合の漁業権に依拠し、そこから派生する権利であるといわねばならない。
以上によると、訴外漁協の組合員である原告らは、訴外漁協が被告の免許により取得した共同漁業権に依拠してその範囲で漁業を営む権利を有するもので、共同漁業権の免許申請権は訴外漁協に帰属し、組合員たる原告らにはその適格性を認められているものではない。
そうだとすると、本件の場合、共同漁業免許の切替に際し、訴外漁協は本件備蓄基地計画区域を除く部分について免許申請をし、その免許申請どおり免許を得たというのであり、本件免許処分によりなんら法律上保護された利益を侵害されておらず、まして訴外漁協の共同漁業権に依拠し漁業権を営む権利を有するに過ぎず、独自に共同漁業権の免許申請の適格性を有しない原告らが、法律上保護された利益を侵害されたとは考えられないのであつて、本件免許処分の無効確認を求める原告適格はないものというべきである。
二 もつとも、原告らは訴外漁協が従前本件備蓄基地計画区域を含む部分について共同漁業免許を得ており、漁業法一一条の規定により右免許の範囲が継続されるべき利益を有していたのに、訴外漁協の免許申請に先立つ漁場計画において本件備蓄基地計画区域が除外されたため、訴外漁協は右区域について免許申請をなしえず、やむをえず本件備蓄基地計画区域を除いて免許申請したのであるから。右漁場計画と本件免許処分とを一体として考えるときには、訴外漁協の権利利益が侵害され従つて原告らの利益も侵害されたものであると主張する。
しかしながら、漁業法一〇条は免許申請についてなんらの制限を付していないから、同法一三条一項二号の規定(法第一一条第五項の規定により公示した漁業の免許の内容と異なる申請があつた場合)にもかかわらず、訴外漁協は漁場計画を超える範囲についての免許申請をして、その拒否処分についてはその取消しを求めうると考えられるので、訴外漁協が本件備蓄基地計画区域部分につき免許申請をなし得なかつたことを前提とする原告らの右主張は失当で、採用することができない。
しかも、本件免許処分は、訴外漁協の申請どおりの漁場につき共同漁業権の免許を付与しているものであることは原告らの主張からも明らかである。そうすると、原告らは、本件備蓄基地計画部分を共同漁業権の漁場から除いた点を本件免許処分の無効事由としているけれども、もともと、本件備蓄基地計画部分の漁場については、訴外漁協から本件免許申請はなされておらず、従つて、当然のこととして、本件備蓄基地計画部分の漁場についての免許申請に対する拒否処分自体が存在しているとは認め難いから、本件免許処分に本件備蓄基地計画部分の漁場についての被告の拒否処分が含まれていることを前提とする原告らの主張は当を得ているとはいえない。このことは、原告らが、先に当裁判所に対し「被告が本件備蓄基地計画部分の漁場につき、漁場計画の決定をしなかつたこと、並びに同部分につき訴外漁協に免許を行わなかつたこと」の違法確認請求を提起(当裁判所昭和五九年(行ウ)第四号)したが、訴えを却下され、控訴、上告を経て右訴え却下の判決は確定していることが当裁判所に顕著であることからも窺える。
三 また、原告らは、同人らが現に本件免許処分のなされた区域で漁業を営んでいるところ、本件備蓄基地計画のため右区域での漁業が妨げられており、本件備蓄基地が完成して稼動を開始すれば、原油運搬船からの排水や台風、津波等により貯油タンクが破損した場合の原油の流出によつて致命的な被害を受けるおそれがある旨主張する。
しかしながら、原告らの主張する右被害は、いずれも本件備蓄基地計画またはその計画の実現によるものであつて、本件免許処分によるものではないから、仮にそのような事実が認められるとしても、それが本件免許処分の無効確認についての訴えの利益を基礎づけるものとはいえない。
四 以上のとおりであつて、原告らの本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松島茂敏 大段亨 大須賀滋)
別紙 漁業の種類目録 <略>
別紙1図 <略>
別紙2図 <略>